葛城山へ行こう

3-2伊豆も次第に秋色が濃くなってきました。

窓の外に目をやると、通称「虹の郷通り」と呼ばれる、ニュータウンの中心を通る大通りの桜並木の葉もかなり色づいてきました。この地よりも更に高所にある天城山などではもっと紅葉が進んでいるに違いありません。

天城山ではないのですが、先日、ひさびさに葛城山へ登ってきました。お隣の伊豆の国市にある、標高452mの山です。およそ1千万〜200万年前の海底火山の噴出物と、そこから削られた土砂が近くの浅い海底にたまってできた地層がフィリピン海プレートと本州側のプレートの衝突によって隆起してできました。

この山にはその北側の山麓に、ミカン園があるのですが、ここの駐車場から始まるハイキングコースの終点付近、八合目あたりに、ヒガンバナの群落がある、との情報を得たのが、行こうと思ったきっかけです。

地元の小坂地区の有志たちが、8年ほど前から植え続けて数を増やしてきたといいます。ミカン園から、せっせせっせと高度を稼ぐことだいたい50分ほど。なるほど八合目あたりからの斜面には、これでもか、とのヒガンバナ畑?が広がり、なかなか良い目の保養になりました。

地元の伊豆日々新聞には、「10万株」と書いてありました。が、これは少々誇張がすぎるのでは? どうなのでしょう。ただ、筆者が見ていない場所にも植えられていたのかもしれません。いずれにせよ、かなりの量であり、一見には値すると思います。今年はもう花の盛りは過ぎたかもしれませんが、来年を狙ってみてください。

ただ、葛城山はヒガンバナだけでなく、後述するように、色々な見どころがあります。小坂みかん共同農園」がハイキングコースの起点となっており、比較的広い駐車場もあります。ただ、筆者が行ったときは、駐車場は無料でしたが、10月からはミカン狩りが始まるようなので、何等かの規制があるかもしれません。

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この葛城山には、山頂までロープウェイも通っています。この小坂地区から少し西へ離れた、伊豆の国市役所近くにその起点があり、「伊豆の国パノラマパーク」の名称で親しまれています。なので、お年寄りや体が不自由な方、また登山が苦手、という人はこれを利用すれば、楽々山頂まで行くことができます。

山頂の展望所からは富士山や伊豆・箱根の山々をはじめとした360度の展望が広がっており、素晴らしい、のひとことにつきます。ツツジの名所としても知られ、山頂付近には約35,000本のつつじが植栽されています。野鳥の宝庫でもあり、動植物の観察ができるように自然観察路も整備されています。

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ところで、葛城山といえば、その昔は葛城嶺とも呼ばれた名峰、奈良の葛城山が有名ですが、なぜ伊豆に葛城山があるのでしょうか。

その由来を調べたところ、この葛城山山頂付近には、古くから葛城神社、という社が祀られており、この神社の名を取ったようです。

この葛城神社の本社は、大和国(現奈良県)の葛城下郡にあった、「倭文座天羽雷命神社」と古文書にあるそうで、要は大和から分社してできた神社のようです。いつぐらいからある神社なのかはよくわかりませんが、同神社近くに鎮座している百体地蔵が鎌倉時代の作とされていることから、すくなくともこれ以前の遷宮だと思われます。

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遷座された雷命神社がなぜ葛城神社と呼ばれるようになったかですが、これは同じ大和の国にある「金剛山」から来ているのだと思われます。奈良県御所市と大阪府南河内郡千早赤阪村との境目にあり、修験道の開祖役小角(えんのおず、役行者(えんのぎょうじゃ)とも)が修行した山として知られている著名な山です。

その北側には、やはり「大和葛城山」と呼ばれる山があり、歴史的には、現在金剛山と呼ばれている山も含めてこれら一連の山塊を「金剛山」と呼んでいました。その第一峰は高天山と称する標高1,125mの嶺で、御所市にある「葛木神社」の本殿の裏にあたります。

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葛城山山頂からみた修禅寺ニュータウン

そして、おそらくはこの葛木神社の名称とこの大和葛城嶺の名をもらい、伊豆に分社した神社も同名にし、かつ山名も大和のものと同じ葛城と称するようになったのでしょう。

一方で、伊豆の葛城山は、地元では古来、寝釈迦山とも呼ばれていたようで、これは横臥した涅槃仏に似ていることから ついた名前のようです。なるほど今これを書いている真正面にある葛城山は少々横長で仏様のように見えなくもありません。

この葛城山のある、伊豆の国市の伊豆長岡町は、源頼朝が伊豆に配流された時のゆかりの地でもあります。このため、 源氏再興に係わる史跡や伝説も沢山残っています。 この葛城山にも頼朝が鷹狩りをしたといういい伝えがあり、 山頂には若き日の源頼朝が鷹狩をしたときとされる像があります。

また、鎌倉よりのちの戦国時代の葛城山付近は、しばしば戦場になったようです。伊豆国、駿河国の国境線にあたるため、山麓では北条氏(北条早雲を始祖とする後北条氏)と武田氏が幾たびか戦いました。北条氏は小田原にあった本拠の小田原本城を守るため、ここ葛城山に狼煙台を設け、武田勢の進撃をいち早く発見するのに役立てたと伝えられます。

これからは、秋晴れの良い天気の続く日が続くと思います。これから富士山が冠雪すれば、さらにその雄大な眺めが引き立つと思いますので、これから伊豆を訪れる方は、ぜひお立ち寄りください。

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ヒガンバナの季節

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少しずつ、秋が深まりつつあります。

あちこちでキンモクセイの良い香りがしてきますが、場所によってはヒガンバナが咲き誇っているところもあります。

修禅寺ニュータウンの中では、旧かんぽの宿の前の通りあたりに少しヒガンバナがありますが、全体的にはあまり群生しているところはありません。

しかし、すぐ麓の修禅寺温泉街を流れる修禅寺川(通称桂川)をやや上流に遡ると、そこに広がる水田の周辺にたくさんのヒガンバナを見ることができます。

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伊豆の他のあちこちにある名所ほどの量はありませんが、なだらかな丘陵のたもとに広がるこの地には、最近ではあまり見ることのできなくなった昔のままの里山の風景がそのまま残っており、刈り取ったあとの田んぼの間を散策しながら、ヒガンバナを眺めるのにはもってこいの場所です。

修禅寺温泉街から、桂川沿いの道路を歩いて15分ほど行くと、奥の院のほうへ向かう、湯舟川という支川との分岐に到着します。田園地帯はこのあたりから広がっており、おそらく地元の方が少しずつ植えてきたのでしょう。

時間が許せば、さらにこの湯舟川を遡った先にある、奥の院まで足を延ばしてみるのも良いかもしれません。かつて弘法大師がここで修業したとされる滝のほか、正覚院というお寺もあり、ここのイチョウの木もなかなか見事です。

まだまだヒガンバナが終わるまでには時間がありそうです。伊豆まで来られる機会があれば、ぜひこの地も訪れてみてください。

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富士登山のシーズンが終わりました

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先週、富士山への登山路が閉鎖されたため、夜になって富士山方向を見ても、灯りが見えなくなりました。なにやら花火が終わったあとのようで、これはこれで何か寂しいかんじがします。

こうなると、次は富士の初冠雪はいつか、ということになりますが、平年では9月30日ころとなっています。が、昨年は16日遅れの10月16日、一昨年は10月19日でした。が、三年前の2012年は、9月12日と早く、今年もこの年と同じくらい涼しそうなので、そろそろ頂に白いものが見えてもおかしくはありません。

一方、富士山頂の富士山測候所では、もっと早くから雪が降ります。2004年に測候所が廃止されるまで、初雪の平年値は9月14日でした。また、最も早い初雪は1963年の7月31日です。遠目には見えなくても山頂ではかなり早くから雪が降っているわけです。

逆に最後に雪の降る「終雪(しゅうせつ)」の平年値は7月11日だそうで、こうしたデータからも富士山頂ではほとんど一年中雪が降っていることがわかり、いかにその環境が苛酷かが想像できます。

従って、登山ができるのは、夏の間のほんのわずかな時期です。

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静岡県は、富士山の静岡側3登山道で今夏、週末とお盆期間に実施した登山者実数調査の最終結果を発表しました。調査した延べ34日間の合計は93,686で、一日平均2,755人だったそうです。

昨年の調査は今年と若干集計期間が一部異なりますが、31日間で102,629人、一日平均3,311人だったそうなので、一日平均を比較すると今年は16.8%減少した計算になります。

また、今年のピークは8月1日の5,421人だったそうで、昨年の最多だった8月2日の7,312
人に比べると22.9%の減です。8月後半以降は登山者が1000人を切る日が3日間もありました。

環境省の7月末までの調査でも約2割減だったそうで、今年は全体的に減少傾向が続きました。8月後半は悪天候などでさらに少なかったことも関係あるのでしょうが、世界遺産登録が実現した2013年から、2年目に入り、ブームが少し落ち着いてきた、ということなのでしょう。

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歩いての登山は終了してしまいましたが、5合目までなら、10月一杯ぐらいまでは、まだまだクルマで登ることができます。ただし、最近の富士山ブームで、5合目あたりの駐車場はかなり混雑するようで、場合によっては路駐になることもあるようです。

また、富士山スカイラインを初めとする各自動車道は、だいたい11月上旬くらいから、2~5合目までの駐車場を含む一部区間を冬季閉鎖するようです。雪が降ったり路面が凍結することがあるためです。

冬季閉鎖の状況、駐車場の状況など、詳しい情報は、下記サイトなどを参考にしてみてください。

富士登山オフィシャルサイト
http://www.fujisan-climb.jp/

富士さんぽ(個人でやっておられるサイトのようですが、見やすく、またかなり詳細です)
http://www.fujisanpo.com/

 

防災に関する講演会が開催されました

2015-1180732先日の日曜日(9月6日)の午前中、ニュータウン内にある介護老人ホーム、「ニチイホーム修禅寺」の地下ホールで、防災に関する講演会が開かれました。以前のブログ「地区防災計画モデル地区に選ばれました!」でもアナウンスしたとおりです。

講演者は、財団法人の国際エメックスセンター事務局長の「川脇康生(かわわきやすお)」先生で、講演テーマは、「みんなでつくる地区防災計画~近所づきあいと災害に強いまちづくり」です。

前回のブログでは、ニュータウン地区に住んでいる方のみが対象となっている、と書きましたが、その後どこからかこの講演があることを聞きつけた、県内のNPOなどの団体さんやその他からも傍聴の申し出があり、これら一般聴講者も含め、地域住民多数が参加しました。

会場では、およそ150席を用意しましたが、開演までには、ほぼほとんどが埋まるという、好評ぶりで、ニュータウンの人々の防災に対する高い意識がうかがわれました。2015-1180690

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川脇先生のご講演に先立っては、ニュータウン自治会の防災会長である、谷村さんと、ニチイホーム修禅寺のホーム長、野田さんから御挨拶をいただき、また、市の防災担当者さんからもご挨拶をいただきました。

この市職員さんからのお話にもあったのですが、このニチイホームさんのホールというのは、実に広大な素晴らしい施設であり、伊豆市内にこんな立派な施設があったのか、といまさらのように皆が驚きました。2015-1180672

実は、ニチイホームさんと、修善寺ニュータウン自治会の間では、平成25年10月に、「災害時に関する覚書」が締結されており、万一地震や風水害などにより要介護認定者などが避難を余儀なくされるような場合には、双方の施設を解放して、避難者の受け入れなどの協力をする、という取り決めがなされています。

ニュータウンは津波の心配はまずありませんが、将来起こるかもしれない東海地震に備えていろいろな取り組みをしていかなければならない中において、こうした立派な施設を持つパートナーがいる、ということは大変心強いことです。

また、ニチイホームさんの中にも要介護者が多数いらっしゃることから、災害時にはこれらの方に対する、ニュータウンの住民の援助が必要になってくる場合もあるでしょう。2015-1180715

川脇先生の講演内容ですが、まず、地区防災計画とはそもそも何か、といった説明から始まり、修善寺ニュータウンにおける地区としての現状(人口推移や高齢化率など)、今後の防災計画の方向性、互助、共助、支援の仕組みのあり方などの概要をお話いただきました。

しかし、まだ計画はこれからやっと検討を始める段階でもあり、その内容については、先生とご相談しながら進める必要がある旨の御教示もありました。

また、先生ご自身は神戸がご出身であり、先の阪神・淡路大震災をご経験されていることから、この災害の際に被災者の生活再建がいかに行われたか、その中で、地域コミュニティーの結束がいかに有効であったか、といったことをお話いただきました。

とくに同震災においては、「まちづくり協議会」が果たした役割が大きかったこと、そうした組織化を進める上において、日ごろからの「近所づきあい」がいかに大切か、といったことをお話いただきました。

さらには、先生ご自身も関わったとされる、先の東日本大震災後のコミュニティ造りにおいても、その共助の内容などをグラフ等を用いて詳しく説明をいただくともに、支援活動は果たして役に立ったのか、といった具体的なお話もいただきました。

印象的だったのは、支援の効果として、支援を受ける側の人は、支援をする側の人以上に、支援が非常に役立っている、と感じている人が多い、というアンケート調査結果に基づいた説明です。支援する側は、こんな支援本当に役にたつのかな~、と思っている以上に、支援される側はそれを本当に役立っている、と感じている、といったことは意外でした。2015-1180749

災害という非常事態を通じ、いかに支援する側と支援される側の結びつきが強くなるものかが、こうした説明からも実感できました。

さらには、災害時における共助において家族以外の住民とのつながりの重要性などもお話いただき、とくに年齢が増すほど仲間意識が強まる、といったこともお教えいただきました。

加えて、海外での災害事例、国内でニュータウン以外に防災計画策定地域として選ばれた、他地区における実際の防災計画の事例などについても、御講演いただき、予定していた1時間はあっという間に終わりました。

最後の質問コーナーでは、かつて阪神淡路大震災の際に、先生と同様に被災されたのち、ニュータウンに移住してきた方から、先生の御講演に対する感謝の意なども評され、なごやかな雰囲気で会は終了しました。

今後は、川脇先生を中心として、谷村防災会長や自治会長、各地区防災委員も交えて具体的な防災計画を練っていくことになりますが、その内容については、その進展状況のそれぞれのステップにおいて、またこのブログでも紹介していきたいと思います。

 

サイクルスポーツセンターとベロドロームのこと

2015-1070394当ニュータウンは、伊豆という風光明媚な場所に位置するだけに、ちょっとお出かけするだけでほとんどどこでも観光名所というかんじであり、いつも紹介している、隣接の修禅寺虹の郷もそのひとつです。

伊豆市にはこのほか、「サイクルスポーツセンター」なるものがあり、これはJKA(旧・日本自転車振興会)など競輪運営団体の寄付金や補助などで建設費や運営費がまかなわれている施設です。

1965年開設で、ちょうど今年で50周年ですから、我がニュータウンの分譲開始と同じ年にオープンしたことになります。サイクルスポーツの普及を図る目的で建てられた施設であり、遊園地もあります。

3~4m上の軌道上を走るサイクルアトラクション、変わり種自転車、水上自転車などなどの各種の遊具施設もあって、これらのはこの施設の方針として、基本的には「人力で動かす」ものばかりです。

しかし、サイクルコースターという子供向けのジェットコースターやメリーゴーランドといった電動?施設も併設してあって、小さな子供でも楽しめるようになっており、このほかにも、レストハウス、体育館、多目的ホール、 流水プール、キャンプ場、パターゴルフ場、宿泊施設などがあり、「一日中楽しめる」が謳い文句になっています。2015-1070405

ちょっと前までは、温泉入浴施設(露天風呂あり)まであったのですが、残念ながら閉鎖してしまいました。

入場料大人820円、子供620円はかなりお安いと思うのですが、オープンから半世紀も経っているので、さすがに古色感は否めません。しかし、最近アスレチック迷路や、巨大ジャングルジムなどの新しいアトラクションを入れるなどして、少しずつリフレッシュを図っているようです。2015-1070402

競輪選手を養成する「日本競輪学校」も敷地に隣接して建てられており、自転車関係者の間では「競輪のメッカ」と目されているようです。

元々自転車競技のための施設として開園した経緯があり、上述の遊園地などは後付の施設です。このため、園内あちこちにある遊具と隣り合わせで本格的な競技トラックがあり、ロード競技用5kmサーキット・トラックレース用400mピスト(走路)・MTB(マウンテンバイク)コースなどがあります。一般にも有料で一般開放しているようです。

今年の連休明けの5月23日には、国内最大規模の自転車ロードレース、「ツアー・オブ・ジャパン」の「伊豆ステージ」もここで開催されました。これは、1982年から1995年まで14回に渡り開催されていた「国際サイクルロードレース」を継承する自転車ロードレースで、1996年にこの名称に変更され、第1回ツアー・オブ・ジャパンが開催されました。2015-1070400

日本国内で行われるロードレースとしては、都府県をまたぐ唯一のステージレースで、今年のレースは、第1ステージは5月17日に堺で始まり、以後、いなべ(三重)、美濃(岐阜)、南信州(長野)、富士山(静岡須走)、に次いで伊豆で開催され、最終ステージは5月24日に東京の大井ふ頭で行われました。

毎年、全ステージを通じて30万人近くの人々が会場や沿道に集まるといい、日本国内では貴重な存在ともいえる公道開催型の自転車ロードレースです。各開催地では出場選手たちによるセミナーやワークショップなども行われるようで、ここ伊豆でもこうした交流活動を市が支援しています。

一応は国際大会であり、また日本国内最高のステージレースとされているため、海外のチームも参加します。が、同じ時期に他の国でも同様な国際大会が開かれるため、なかなか強豪チームを招待しにくい現状があるようです。世界的に見るとレベルの低いレースとみなされているようで、さらにこの中でも日本選手はなかなか勝てないようです。

1996年の第1回大会以降、個人の総合優勝をしたのは、2004年、第8回大会の福島晋一選手だけです。ちなみに、一昨年の2013年はイタリア国籍の選手、昨年と今年の優勝者はともにイランの選手でした。

この、一昨年のイタリアのチームは、日本の建設会社・NIPPOの支援の下で結成されたチームで、監督さんは大門宏という日本人でした。

このため、所属選手はイタリア人がほとんどですが、日本人も数人含まれており、チームは数々の国際大会にも参加して実績をあげていることから、そのうちこれらの日本人選手の中からも有名な人が出てくることでしょう。2015-1070407

サイクルスポーツセンター内にはこのほか、日本初の木製走路競技場である「伊豆ベロドローム」があります。一番の特徴は、走路が木製であるということ。走路が木製仕様の自転車競技場は、日本では西宮競輪場(1949年〜1965年)以来となり、常設および室内の木製走路の自転車競技場としては、日本初です。

これ以外の日本の自転車競技場の走路はすべてアスファルト仕様ですが、2000年のシドニーオリンピック以降、トラックレースの国際大会は、一般的に、室内競技場であること、1周 250メートルあること、そして木製仕様の走路であること、などが開催の条件のようになってきています。

厳密に木製であることが規定されているわけではないようですが、これが国際的な標準仕様とみなされるような風潮があるようで、そうした背景から、2020年の東京オリンピックにおいては、自転車トラック種目の会場を、当初予定の東京からこの伊豆ベロドロームに変更してはどうかという動きがあるようです。

東京オリンピックは当初の計画では予算がかなり超過し、建設コスト軽減のため、数多くの施設が見直しの対象になっていることはご存知だと思います。自転車競技も例外ではなく、当初東京都江東区の有明に仮設の施設を整備する予定でした。

しかし、昨年12月に国際オリンピック委員会(IOC)が他都市との分散開催を認めたことを受け、元総理で自民党のドン、森喜朗オリンピック組織委員会会長が「伊豆を使うことがいいのではないか」と発言。伊豆ベロドロームが有力候補として浮上したわけで、これに引き続き、2月には日本自転車競技連盟(JCF)がこの案に同意する決議をしました。2015-1070419

同連盟は国際自転車連合(UCI)にこの内容を記した親書を送っており、東京都の枡添知事も新たに競技場を作るよりはコスト削減につながるとして、前向きの姿勢をみせているようです。伊豆市の菊地豊市長も「候補として名前が挙がったことは大変うれしい。もし決定すれば、伊豆半島の皆さんと一丸となって歓迎したい」と期待を示しています。

ただ、五輪で求められる規格を満たすためには観客席を増設する工事が必要だそうで、宿泊施設の確保や輸送などの課題もあります。とはいえ、東京からは新幹線利用で1時間半、また宿泊施設は地元の修禅寺温泉や長岡温泉などいくらでもあり、受け入れるベースはかなり整っているといえます。

このベロドロームには筆者も行ったことがありますが、大変に綺麗で立派な施設です。トラックレースのみならず、ロードレース、マウンテンバイクレース、BMXの競技も行えるように造ってあり、その設計はサイクルスポーツの本場、ドイツのラルフ・シューマンという人が行い、建設はこうした箱モノで定評のある日本の清水建設が行いました。

走路にはシベリア松を使用、周長 250mで、最大カント(最大傾斜角度)はナント45度もあります。なのに、幅員は7.5mしかなく、走路の間近に観客席があるため、文字通り「かぶりつき」で観戦ができます。2015-10704121

ただ、国内の他の競輪場で見られるような金網などはまったくないため、身を乗り出しての観戦は危険を伴います。また観客の不注意でモノを走路内に落としたりすることよって、競走中の選手に危害を及ぼしかねない可能性もあるため、こうした対策をどうするかは今後の課題でしょう。

また、観客席数が常設1800席、仮設 1200席というのは、オリンピック施設としては少々少なすぎる気がします。上述のとおり、五輪で求められる規格を満たすためには観客席の増設工事が必須となるようです。

とはいえ、2011年9月の竣工からまだ4年弱しか経っておらず、2020年の東京オリンピックの際でもまだ10年未満となりますから、ほとんど新品です。こうした立派なモノを使わない手はなく、ぜひ伊豆開催を実現してほしいものです。

サイクルスポーツセンターの諸施設も設立後半世紀を経てかなり老朽化しており、これを機会に施設の刷新を図ってはどうか、などと個人的には思ったりもしています。

が、まずは、伊豆でのオリンピック競技の開催を目指して、誘致に頑張っていただきたいと思います。あとまだ5年もありますから、再整備はそれからのこと。関係各者の奮起を期待したいと思います。